2005年 (山を歩く・その19) 


旧道を歩く(千町から下津池へ)  平成17年12月10日
千町から吉居集落へ向かう歩道。国道194号線が開通する前は主要道であったこの道を歩いてみることにした。今回は、下津池までで引き返し、帰りに9ヶ月ぶりに千町鉱山跡も訪ねてみた。
千町宮の首集落から見た高森(左)と大平地区の土砂崩れ跡。中央に見えるのは、李集落。ここに車を置き出発。 しばらくは、荒廃した棚田の中の道を進む。昭和40年代くらいまでは、この棚田もすべて耕作していたんだろうなあ。
約15分ほどで新道開設の記念碑があるところに到着。石碑には明治21年開設とある。 杉、桧の中の快適な道。明治21年といえばもちろん国道はない。ここが吉居への主要道だったに違いない。
1時間ほど歩くと、下津池集落が見えてきた。この方向から見るのははじめてだった。集落の向こうに見えるのは国道。 1時間15分ほどで見晴らしのいい場所に到着。山中を国道194号線が縫うように走っている。
止呂橋が見えた。初めて見る方向からの撮影。やはり止呂峡は深い渓谷だ。 吉居への道と千町へ戻る分かれ道付近から見降ろした下津池・風透集落。今回はここまでで、引き返すことにした。
下津池・風透の棚田と止呂橋が真下に見える。撮影した場所の下は崖になっている。 棚田のアップ写真。なかなかこのアングルからの写真は珍しい。棚田の風景が美しい。
こちらは、風透トンネル。このトンネルができてかなり下津池が近くなった。 眼前に迫る山々。左が地図上の高森(1359m)。右が荒川地区の人が呼ぶ高森(1192m)。
もと来た道を引き返す。目の前には寒風山(1763m)が見える。ちょうど逆光になり山々がかすんでいた。 記念碑のところまで戻ってきた。「太平を道を造り志・・・」何か詩が掘ってあった。
ここから、今度は千町鉱山跡へ向かって下る。 千町鉱山跡に到着。ここへ来るのは、9ヶ月ぶり。ここへ来ると時間が止まったように感じる。
坑口の中から撮影。中のトロッコも来るたびに朽ちてきている。時代の流れを感じる。 坑道を少し入ったところにまた、深い穴があった。水の流れる音がする。
この坑道どこまで続いているんだろう。中は真っ暗でよくわからない。 付近には、当時の生活を偲ぶものがたくさん残っている。これは風呂釜かな。
鉱山跡からは、李集落とその向こうに荒川大平集落を見ることが出来た。 再び引き返し千町集落に戻ってきた。目の前の山の向こうは、西条市街地。
ほんとにのどかな風景。ここで昼寝でもしたいくらいだ。もうちょっと暖かければ・・。 目の前は、荒川地区。中央に見えるのは李集落。住む人もなく、廃村になっている。
棚田の石垣。耕作はしていないが延々と続いている。中央の山は、櫛ヶ峰(1112m)。 千町の市道を下ったところから撮影。中央は丸山(334m)その左向こうに見えるのが高森(1192m)。

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