加茂地区歴史年表 | ||
西 暦 | 年 号 | |
元禄年間 | 扇山斜面の中腹に新居鉱山の前身である「鉾石鉱山」開坑 | |
1865年 | 慶応元年 | |
1866年 | 慶応2年 | 新居郡千町山村の農民、西条藩の山林濫伐を憤り騒ぐ(伊予百姓一揆) |
1867年 | 慶応3年 | |
1868年 | 明治 元年 | 加茂地区人口2,008人 |
1869年 | 明治 2年 | |
1870年 | 明治 3年 | |
1871年 | 明治 4年 | |
1872年 | 明治 5年 | |
1873年 | 明治 6年 | |
1874年 | 明治 7年 | |
1875年 | 明治 8年 | 住友家、東予地方で人工造林開始 伊藤忠蔵氏、私費を投じて誓願寺に寺子屋を建設 |
1876年 | 明治 9年 | |
1877年 |
明治10年 |
誓願時の寺子屋が千町山愛敬学校となる 千町山村に愛敬学校、荒川山村(姫宮)に有隣学校、藤之石山村に嶽山学校が開設(5月) |
1878年 | 明治11年 | |
1879年 | 明治12年 | |
1880年 | 明治13年 | |
1881年 | 明治14年 | |
1882年 | 明治15年 | |
1883年 | 明治16年 | |
1884年 | 明治17年 | |
1885年 | 明治18年 | |
1886年 | 明治19年 | 千町山愛敬学校が丸池に移転し、千町山簡易小学校となる 荒川山簡易小学校、藤之石山簡易小学校が開校 |
1887年 | 明治20年 | |
1888年 | 明治21年 | |
1889年 |
明治22年 |
千町山村・荒川山村・藤之石山村合併し加茂村となる 加茂村村長 十亀暉太 |
1890年 | 明治23年 | 千町山村簡易小学校が、加茂村立千町小学校となる 荒川山村簡易小学校が、加茂村立荒川小学校となる(神田頼義氏宅付近) |
1891年 | 明治24年 | 川来須に別子鉱山製炭課川来須出張所が設置される |
1892年 | 明治25年 | 風透と中之池に尋常小学校が開校 荒川本郷に尋常小学校が開校 |
1893年 | 明治26年 | |
1894年 | 明治27年 | |
1895年 | 明治28年 | |
1896年 | 明治29年 | |
1897年 | 明治30年 | 加茂村人口2,964人 |
1898年 |
明治31年 |
県会議員文野昇二氏、西条~高知間の県道案を県会へ提出(財政難により否決) 村長 高橋伊勢五郎 |
1899年 | 明治32年 | 大風水害にて、大きな被害をうける。(荒川山で死者51人、家屋の流出60軒) |
1900年 | 明治33年 | |
1901年 | 明治34年 | 大字千町山に「加茂郵便局」開設 「荒川の獅子舞」黒瀬村から伝わる |
1902年 | 明治35年 | 村長 高橋勝利 |
1903年 | 明治36年 | |
1904年 | 明治37年 | |
1905年 | 明治38年 | 西条と高知を結ぶ連絡道開設運動が始まる |
1906年 | 明治39年 | 村長 平田時次郎 |
1907年 | 明治40年 | |
1908年 | 明治41年 | |
1909年 | 明治42年 | |
1910年 | 明治43年 | 村長 伊藤勝治郎 |
1911年 | 明治44年 | |
1912年 | 大正 元年 | 愛媛水力発電会社が大字藤之石山字下津池にて発電所建設を起工 |
1913年 | 大正 2年 | 村長 東恭一 |
1914年 | 大正 3年 | 下津池発電所竣工 |
1915年 | 大正 4年 | 加茂地区人口3,390人 河ケ平で加茂村初のつるべ式索道による木材搬出 |
1916年 | 大正 5年 | 弘益殖産興業、枝折~基安間に索道を架設 |
1917年 | 大正 6年 | 村長 伊藤孫右衛門 |
1918年 | 大正 7年 | 県道加茂西条線の計画がたてられ整備が始まる |
1919年 | 大正 8年 | |
1920年 | 大正 9年 | 村長 伊藤善也 |
1921年 | 大正10年 | 森林軌道 枝折~船形間に新設 |
1922年 | 大正11年 | |
1923年 | 大正12年 | |
1924年 | 大正13年 | 村長 伊藤国太郎 |
1925年 | 大正14年 | 加茂地区人口2,494人 |
1926年 | 昭和 元年 | |
1927年 |
昭和 2年 | 加茂土工森林組合結成 村長 伊藤善也 |
1928年 | 昭和 3年 | |
1929年 | 昭和 4年 | |
1930年 | 昭和 5年 | 加茂地区人口2,822人 船形から川来須までの森林軌道完成 加茂村に電話開通 |
1931年 | 昭和 6年 | |
1932年 | 昭和 7年 | |
1933年 | 昭和 8年 | |
1934年 | 昭和 9年 | 室戸台風で観音谷筋大被害(家流失20余戸) |
1935年 | 昭和10年 | 水無で山火事発生 加茂村で電報取扱開始 千町山村に愛敬学校、荒川山村に有隣学校、藤之石山村に岳山学校が開校 |
1936年 | 昭和11年 | |
1937年 | 昭和12年 | |
1938年 | 昭和13年 | 予土横断道路着工 |
1939年 | 昭和14年 | |
1940年 | 昭和15年 | |
1941年 | 昭和16年 | |
1942年 | 昭和17年 | |
1943年 |
昭和18年 |
加茂村荒川深谷で最後の木流しが行われる 住友鉱山(株)基安鉱山を買収 |
1944年 |
昭和19年 |
住友鉱山(株)、枝折~下津池~黒石間に索道を架設 西条~高知線、軍用道路として近隣住民総動員で開設(終戦後中止) |
1945年 | 昭和20年 | |
1946年 | 昭和21年 | 予土横断道路期成同盟会を結成(西条市長会長) 千町小学校校舎新築 |
1947年 |
昭和22年 |
村長 高橋楚夫 加茂中学校(千町小学校下の校舎)新設、中の池に分校を設置(3月) 西条市や高知県沿道諸町村が「四国中央産業開発道路」(西条~高知線)の建設期成同盟会を結成し、その建設を促進 |
1948年 | 昭和23年 | 桑瀬峠にて既成同盟会 加茂中学校校舎新築 |
1949年 | 昭和24年 | 加茂中学校誓願寺下へ新築移転(4月) 定期バスが加茂村役場前(旧加茂公民館前)まで乗り入れ(7月) |
1950年 | 昭和25年 | 加茂地区人口2,505人 千町小学校校舎新築 加茂中学校校舎新築 |
1951年 | 昭和26年 | 迫門橋が竣工(3月) 旧止呂橋(木製の吊り橋)が竣工 下津池~吉居集落の林道(吉居林道)が開通 「加茂音頭」制作 |
1952年 | 昭和27年 | 新居鉱山が閉山 荒川小学校、大福寺横に移転 林道荒川浦山線(現在の市道川西線)が着工 |
1953年 |
昭和28年 |
加茂村森林組合森林軌道中止し、トラック運材 第1回加茂農業祭開催(産業展と運動会) 千町小学校校舎改築及び増築 |
1954年 |
昭和29年 |
中之池中学校独立し加茂村立中之池中学校となる 中之池中学校校舎増築 予土横断道路県道へ(県道加茂西条線) 誓願寺本堂大修理 第2回加茂校区農業祭開催 中之池小学校基安分校校舎新築 |
1955年 | 昭和30年 | 第3回加茂校区農業祭開催 下分の山の神の祠と拝殿が完成 河ケ平の「花の木さん」のお堂が完成 |
1956年 | 昭和31年 | 加茂地区人口2,489人(世帯数450戸) 中之池橋(赤橋)が架設(3月) 中之池小学校教員住宅新築 中之池小学校基安分校教員住宅新築 加茂村西条市と合併(9月28日) 第4回加茂校区農業祭開催 加茂村役場跡に西条市役所加茂支所と加茂公民館を併設 |
1957年 |
昭和32年 |
下津池まで定期バス乗り入れ(3月) 住友鉱山(株)、鉱石運搬を索道からトラックに切替 森林軌道完全に除去される 第5回加茂校区農業祭開催 中之池小学校基安分校増築 |
1958年 | 昭和33年 | 第6回加茂校区農業祭開催 荒川小学校で脱脂粉乳による週5回のミルク給食を開始 |
1959年 | 昭和34年 | 第7回加茂校区農業祭開催 寒風山トンネル工事着工 加茂村森林組合市内森林組合と合併し、西条市森林組合が発足 |
1960年 | 昭和35年 | 加茂地区人口2,401人 集落単位の「組」組織から「自治会」に名称変更 第8回加茂校区農業祭開催 加茂地区人口2,401人 |
1961年 | 昭和36年 | 千町小学校・加茂中学校で脱脂粉乳による週5回のミルク給食を開始 第9回加茂校区農業祭開催 誓願寺に特設加茂保育所が開設 河ケ平の「花の木さん」に石碑が設置される(11月) |
1962年 | 昭和37年 | 下津池小学校給食室完成(3月) 下津池小学校で脱脂粉乳による週5回のミルク給食を開始 西条~高知間2級国道へ編入 第10回加茂校区農業祭開催 西条市役所加茂支所を廃止し公民館が事務取扱機関となる 加茂公民館長に高橋秋義氏が就任 |
1963年 | 昭和38年 | 川来須橋架設(3月) 中之池小中学校給食室完成(3月) 中之池小学校及び基安分校、中之池中学校で脱脂粉乳による週5回のミルク給食を開始 下津池小学校屋内運動場完成(3月) 第11回加茂校区農業祭開催 定期バスが川来須まで延長される(10月) |
1964年 | 昭和39年 | 寒風山トンネル(延長944m)竣工(7月) 加茂保育園開設 (高橋秋義園長) 第12回加茂校区農業祭開催 吉居集落に下津池からの林道が到達 |
1965年 | 昭和40年 | 加茂地区人口1,621人 第13回加茂校区農業祭開催 水無集落廃村となる |
1966年 | 昭和41年 | 加茂中学校、中之池中学校、南中学校に統合 加茂校区連合自治会結成 (近藤伴一会長)27自治会 連合自治会長に近藤伴一氏就任 第14回加茂校区農業祭開催 |
1967年 | 昭和42年 | 新止呂橋竣工 統合南中学校開校で加茂中学校、中之池中学校閉校 第15回加茂校区農業祭開催 林道蔭地線が着工 |
1968年 |
昭和43年 |
南中学校実質統合(加茂中学校、中之池中学校) 豪雪で山林被害甚大 第16回加茂校区農業祭開催 |
1969年 | 昭和44年 | 中之池小学校基安分校閉校 加茂保育園が市立保育園に移管 第17回加茂校区農業祭開催 |
1970年 | 昭和45年 | 加茂地区人口1,072人 台風18号で山林被害甚大 第18回加茂校区農業祭開催 |
1971年 | 昭和46年 | 第19回加茂校区農業祭開催 |
1972年 |
昭和47年 |
基安鉱山閉山 下津池小学校吉居分校閉校 千町、荒川、中の池、下津池小学校統合し加茂小学校誕生(児童数105名) 公民館が類似公民館(設置者校区連合自治会)から市立に変更 加茂地区公民館長に上野敏恵氏就任 「加茂公民館だより」発刊開始 第20回加茂校区農業祭開催 新寒風山道路(ルート選定・調査設計)の調査開始 |
1973年 | 昭和48年 | 加茂小学校新校舎落成(河ケ平・3月) 加茂農業祭を総合文化祭と名称変更 総合文化祭会場の都合(加茂小学校体育館落成)で、翌年3月に延期 第21回加茂校区農業祭開催 林道蔭地線が開通 |
1974年 | 昭和49年 | 加茂小学校屋内運動場完成(2月) 「荒川獅子舞保存会」が発足 国道194号改良工事始まる 東宮橋が架設(10月) 第22回加茂校区総合文化祭開催(農業祭を総合文化祭と名称変更) |
1975年 | 昭和50年 | 加茂小学校グランドに夜間照明点灯 加茂地区人口799人 第23回加茂校区総合文化祭開催 |
1976年 | 昭和51年 | 誓願寺の加茂保育所が閉鎖 国道194号改良促進期成同盟会が結成される 新荒川橋が架設(3月) 第24回加茂校区総合文化祭開催 |
1977年 | 昭和52年 | 加茂公民館が中心となり「加茂音頭」復活 第25回加茂校区総合文化祭開催 |
1978年 | 昭和53年 | 誓願寺境内に千町集会所が新設される 加茂小学校水泳プール落成 第26回加茂校区総合文化祭開催 新寒風山道路建設省が事業化 |
1979年 | 昭和54年 | 第27回加茂校区総合文化祭開催 林道荒川浦山線が完成(現在の市道川西線) |
1980年 | 昭和55年 | 加茂地区人口537人(202戸) 第28回加茂校区総合文化祭開催 新寒風山道路の用地買収開始 |
1981年 | 昭和56年 | 新寒風山トンネル作業道起工式 第29回加茂校区総合文化祭開催 |
1982年 | 昭和57年 | 加茂小学校児童数25名(男子11名、女子14名) 新寒風山トンネル作業道崩壊(国道194号線通行止め) 第30回加茂校区総合文化祭開催(加茂小学校統合10周年記念大会) |
1983年 | 昭和58年 | 「荒川八幡神社」社殿を新築、神輿を新造 加茂野菜連夏まつりひうち踊りに参加 第31回加茂校区総合文化祭開催 新寒風山道路の計画の見直し、ルートの再検討開始 |
1984年 | 昭和59年 | 加茂保育園閉園 連合自治会長に戸田博氏就任 加茂青年団、青年団活動にて加茂の獅子舞の伝承を行う。 第32回加茂校区総合文化祭開催 |
1985年 | 昭和60年 | 「荒川の獅子舞」「千町の獅子舞」を西条市青年文化祭で披露 加茂地区人口440人(182戸) 第33回加茂校区総合文化祭開催 |
1986年 | 昭和61年 | 西条市成人式で「荒川の獅子舞」「千町の獅子舞」を披露 加茂老人会により「おんびき踊り」復活 第34回加茂校区総合文化祭開催 |
1987年 | 昭和62年 | 広域基幹林道加茂角野線着工 第35回加茂校区総合文化祭開催 瀬戸内バス西条出張所〜加茂川来須線(1日7便) |
1988年 | 昭和63年 | 加茂地区人口436人 新寒風山トンネル工事着工(10月22日起工式) 荒川八幡神社地方祭で新しいなぶりこ2人誕生 連合自治会で「加茂を考える会」が発足 第36回加茂校区総合文化祭開催 新迫門橋が竣工(11月) |
1989年 | 平成 元年 | 荒川八幡神社地方祭で新しいなぶりこ2人誕生し、はじめて4人のなぶりことなる。 第37回加茂校区総合文化祭開催 |
1990年 | 平成 2年 | 加茂地区人口374人(184戸) 加茂地区公民館上野館長退任 第38回加茂校区総合文化祭開催 |
1991年 | 平成 3年 | 加茂小学校児童愛媛県民文化会館にて「荒川の獅子舞」を披露 加茂地区公民館長に真鍋幸子氏就任 荒獅子太鼓保存会発足 第39回加茂校区総合文化祭開催 |
1992年 | 平成 4年 | 第40回加茂校区総合文化祭開催 |
1993年 | 平成 5年 | 荒獅子太鼓保存会、荒獅子太鼓・鼓友会と改名 荒獅子太鼓・鼓友会全国青年大会(東京)に出場 加茂小学校20周年記念式典開催(3月14日) 連合自治会に「加茂小学校を考える会」が発足 第41回加茂校区総合文化祭開催 |
1994年 | 平成 6年 | 西谷橋が竣工(3月) 加茂地区婦人会活動休止 加茂地区公民館真鍋館長退任 加茂地区総合文化祭区民運動会(42回) |
1995年 | 平成 7年 | 加茂小学校閉校 「加茂校区連合自治会」を「加茂地区連合自治会」に名称変更(自治会数22) 加茂公民館長に田代氏就任 連合自治会長に高橋弥三郎氏就任 加茂地区総合文化祭区民運動会(43回) 加茂地区人口282人(152戸) |
1996年 | 平成 8年 | 下津池トンネル開通(1月) 加茂地区公民館が加茂小学校跡地に移転 加茂地区総合文化祭区民運動会(44回) 石鎚芸術村チロルの森開園 新寒風山トンネル貫通(11月21日) |
1997年 | 平成 9年 | 加茂地区老人会活動休止 加茂地区のバス減便し1日4便となる 連合自治会長に上野清七氏就任 加茂地区総合文化祭区民運動会(45回) 荒川八幡神社地方祭で8年ぶりに新しいなぶりこが誕生 加茂の荒獅子のホームページを開設 伊曽乃神社への荒川獅子舞の奉納がはじまる。(11月23日) 加茂地区人口261人(136戸) |
1998年 | 平成10年 |
風透トンネルが開通(2月) 加茂盆踊り大会この年で最後となる 「石鎚水源の森くらぶ」が発足(加茂地区を中心に活動開始) 加茂地区総合文化祭区民運動会(46回) 荒川八幡神社地方祭総かぐらで実施 筋神橋架設(11月) 加茂地区人口254人 |
1999年 | 平成11年 | 伊曽乃神社荒川獅子舞奉納(2回目)が1月3日に変更 「荒川の獅子舞」しまなみ街道99(大三島)で披露 荒川八幡神社地方祭総かぐらで実施 加茂地区総合文化祭区民運動会(47回) 寒風山道路まつり開催(3月28日) 新寒風山トンネル竣工(4月17日) |
2000年 | 平成12年 | 伊曽乃神社荒川獅子舞奉納(3回目) 新天神谷橋架設(3月) 加茂地区総合文化祭区民運動会(48回) 荒川八幡神社地方祭 西条市公民館大会で「千町の獅子舞」披露 加茂地区人口237人 |
2001年 | 平成13年 | 伊曽乃神社荒川獅子舞奉納(4回目) 加茂郵便局が河ケ平へ移転 加茂公民館長に今川氏就任 第1回西条山のまつり開催(加茂・大保木・市之川合同) 加茂地区総合文化祭・区民運動会雨のため運動会を旧加茂小体育館で実施(49回) 荒川八幡神社地方祭大雨のため総かぐらで実施(獅子舞は旧加茂小体育館で実施) |
2002年 | 平成14年 | 伊曽乃神社荒川獅子舞奉納(5回目) 西条市公民館大会で「荒川の獅子舞」披露 大樽トンネルが開通(3月) 「うちぬきの加茂とふれあう会」が発足 第2回西条山のまつりを加茂地区総合文化祭・区民運動会と同時に開催 荒川八幡神社地方祭、午後から大雨のため旧加茂小体育館で実施 |
2003年 | 平成15年 | 伊曽乃神社荒川獅子舞奉納(6回目)・雨天のため伊曽乃会館で実施 西条市公民館大会で「荒川の獅子舞」披露 荒川大福寺尾池住職退任、神野住職着任 第3回西条山のまつり開催(石鎚ふれあいの里) 加茂地区総合文化祭・区民運動会(50回記念大会) 荒川八幡神社地方祭大雨のため総かぐらで実施 加茂地区人口211人 |
2004年 | 平成16年 | 伊曽乃神社荒川獅子舞奉納(7回目) 西条市公民館大会で「ぶちあわせ太鼓」披露 台風21号で加茂地区大災害(国道194号線が一時全面通行止となる) 台風21号の災害で荒川地区への市道が全面通行止めとなる 台風災害のため生涯学習フェスティバルへの出場辞退 第4回西条山のまつり(第51回総合文化祭)が台風災害のため中止となる 西条市、東予市、丹原町、小松町が合併し、新西条市が誕生 大町小学校の文化祭で「荒川の獅子舞」披露 荒川八幡神社地方祭は台風災害のため総かぐらで実施 加茂地区人口205人 |
2005年 | 平成17年 | 伊曽乃神社荒川獅子舞奉納(8回目) 荒川の市道の復旧工事が始まる。 第5回西条山のまつり開催(加茂公民館) 荒川八幡神社地方祭5年ぶりに全行程実施 加茂地区人口191人(9月末現在) |
2006年 | 平成18年 | 伊曽乃神社荒川獅子舞奉納(9回目) 加茂公民館長に丹氏が就任 第1回西条獅子舞フェスティバルに「荒川の獅子舞」が参加 荒川大福寺四百年遷座開眼 第6回西条山のまつり開催(石鎚ふれあいの里) 第51回加茂地区交流運動会・総合文化祭 荒川八幡神社地方祭で6年ぶりに新しいなぶりこが誕生 加茂地区人口186人(9月末現在) |
2007年 | 平成19年 | 伊曽乃神社獅子舞奉納(10回目) 国道194号線の災害復旧ほぼ終わり常時通行可能となる。 第7回西条山のまつり(第52回総合文化祭)開催(加茂公民館) 荒川八幡神社地方祭で昨年に引き続き新しいなぶりこが誕生 第2回西条獅子舞フェスティバルに「荒川の獅子舞」参加 加茂地区人口185人(9月末現在) |
2008年 | 平成20年 | 伊曽乃神社獅子舞奉納(11回目) 南海放送もぎたてテレビで「千町の棚田」「風透の風穴」が紹介される。 李地区の天満宮が荒川地区八幡神社と合祀(4月) 第8回西条山のまつり開催(石鎚ふれあいの里) 第53回加茂地区交流運動会・総合文化祭 「花の木さん」のお堂を新築 石鎚水源の森くらぶ「全国育樹祭・農林水産大臣賞」受賞 荒川八幡神社地方祭で3年連続新しいなぶりこが誕生 元下津池小学校の木造校舎が取り壊される 元吉居分校の木造校舎が取り壊される 加茂地区人口174人(9月末現在) |
2009年 | 平成21年 | 伊曽乃神社獅子舞奉納(12回目) 第9回西条山のまつり(第54回総合文化祭)開催(加茂公民館) 荒川八幡神社地方祭で新しいなぶりこが誕生(4年連続) 加茂地区人口170人(9月末現在) |
2010年 | 平成22年 | 伊曽乃神社獅子舞奉納(13回目) 第55回加茂地区交流運動会・総合文化祭開催 加茂地区人口169人(9月末現在) |
2011年 | 平成23年 | 伊曽乃神社獅子舞奉納(14回目) 第56回加茂地区交流運動会・総合文化祭開催 荒川八幡神社地方祭台風により神社への歩道が崩壊 加茂地区人口163人(9月末現在) |
2012年 | 平成24年 | 伊曽乃神社獅子舞奉納(15回目) 加茂公民館の加茂小学校時代の鉄棒等の遊具を老朽化のため撤去(7月) 第57回加茂地区総合文化祭・運動会開催 加茂地区人口157人(12月末現在) |
2013年 | 平成25年 | 伊曽乃神社獅子舞奉納(16回目) 石鎚水源の森くらぶ「緑化推進功労賞・内閣総理大臣賞」受賞 加茂公民館だよりに「加茂の歴史」シリーズ掲載開始 加茂公民館長に上野氏が就任(非常勤) 加茂公民館主事が2人体制となる 第58回加茂地区総合文化祭・運動会開催 加茂地区人口156人(12月現在) |
2014年 | 平成26年 | 伊曽乃神社獅子舞奉納(17回目) 伊曽乃神社獅子舞奉納で5年ぶりに新しいなぶりこが誕生 加茂公民館で住民票の写し、印鑑登録証明書の交付開始(5月) 第59回加茂地区総合文化祭・運動会開催 加茂地区人口151人(12月末現在) |
2015年 | 平成27年 | 伊曽乃神社獅子舞奉納(18回目) 第60回加茂地区総合文化祭・運動会開催 西条農業高校生が千町の棚田のライトアップを実施 加茂地区人口144人(12月末現在) |
2016年 | 平成28年 | 伊曽乃神社獅子舞奉納(19回目) 加茂地区で予約制乗合タクシー運行開始(4月) (社)全国地質調査業協会連合会発行の「地質と調査」第2号で加茂地区が紹介される 第61回加茂地区総合文化祭・運動会開催 西条農業高校生が千町の棚田のライトアップを実施 加茂地区人口140人(12月末現在) |
2017年 | 平成29年 | 伊曽乃神社獅子舞奉納(20回目) 荒川の獅子舞が「月間インタビュー1月号」で紹介される 第62回加茂地区総合文化祭・運動会開催 加茂地区人口130人(12月末現在) |
2018年 | 平成30年 | 伊曽乃神社獅子舞奉納(21回目) 西条絆太鼓の演奏に荒川獅子舞保存会が協力(公民館フェスティバル) 荒川の獅子舞の伝承活動を西条絆太鼓と協力して実施 第63回加茂地区総合文化祭・運動会開催 荒川八幡神社地方祭にて初めて地域外(西条市内)のなぶりこが誕生 加茂地区人口126人(12月末現在) |
2019年 | 令和元年 | 伊曽乃神社獅子舞奉納(22回目) 加茂公民館長に白岩氏が就任(常勤)主事1人体制に戻る 第64回加茂地区総合文化祭・運動会開催 加茂地区人口118人(12月末現在) |
2020年 | 令和2年 | 伊曽乃神社獅子舞奉納(23回目) 加茂公民館の耐震改修工事完了 加茂公民館だよりの「加茂の歴史」シリーズ終了 加茂地区定期バスの運行が終了(9月) 加茂地区総合文化祭・運動会新型コロナウイルス感染症拡大防止のため中止 |
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